日新丸の経験を活かすーー2021年をふりかえって

赤嶺 淳

2021年12月25日 16:36

現役生活も残り10年となった2021年は、大きな転換点となりました。

6月11日から8月1日まで52日間にわたり、共同船舶株式会社が所有する捕鯨母船日新丸に乗船し、同社が1Wと呼ぶ操業の一部始終を観察する機会をえたからです。途中、捕鯨船第三勇新丸にも乗せてもらい、13頭のニタリクジラをおくりました。以下の写真は、6月21日(操業7日目)に捕獲したニタリクジラ(オス、体長12.26m、体重15.60t)で、今期9頭目のものです。



これまで海域世界研究を自称してきたものの、船上での生活経験は数えるほどしかなく、いわば「陸から海を眺めるだけ」の研究でした。乗組員さんたちと生活をともにするなかで、「捕鯨者が船乗りでもある」という自明のことに気づかされました。50余日間にわたって18歳から61歳までの100人ちかい乗組員が、かぎられた空間で共同生活するわけです。水産系の学校で学んだ人も、(わたしのような)そうでない人もいます。たしかに無事息災に帰着できたことは、当然のことで、特筆すべきことではないかもしれません。しかし、安全な運航が乗組員それぞれの責任ある行動あってのこと、と体得いたしました。

士官待遇ということで個室をあてがわれ、船内を自由にうごきまわる許可も頂戴していましたし、社員のみなさんと異なり、やるべき日課があったわけではありません。これといってストレスを感じる必要もない快適な環境だったはずですが、下船後2、3週間は、放心状態がつづき、何も手につけることができませんでした。知らないうちにストレスが蓄積されていたのかもしれませんし、それだけ濃い52日間だったのかもしれません(たしかに濃かったことは事実)。

そうした脱力状態から抜けだすことができたのは、9月に入り、授業がはじまってからのことです。秋学期・冬学期には、社会学部の1・2年生を対象とした社会研究入門ゼミで「捕鯨と近代」と題した講義をおこないました。日本における近代捕鯨の歩み120年を明治以降の近代国家建設、とりわけ国家が水産業にもとめた役割との「絡まりあい」に着目して再解釈しようとするものです。

構想自体は以前からあたためていたとはいえ、カニやサケ・マスをもとめた北洋漁業や南洋におけるカツオ・マグロ漁、さらには(日本水産を擁する鮎川義介の)日産コンツェルンの満洲経営まで視野を広げねばならず、読まねばならない文献の膨大さにおそれをなし、ほおっておいたテーマでもあります。しかし、コロナ騒動の渦中に生まれた時間を活用すべく昨年度より本腰をいれました。まだまだ未完成の、現在進行形の研究課題ではありますが、わたしの研究生活をふりかえりつつ、いかに研究を進めているのか、その手のうちをあかしながら進めました。「入門ゼミ」たる所以でもあります。以下は、各回のテーマです。

① 捕鯨問題群を斬るーー本講義の目的
②「食生活誌学」研究の視座ーーモノ研究へのいざない
③ Super Whale神話の克服ーー鯨種と捕鯨の多様性
④ 三陸沖にニタリクジラを追うーー捕鯨母船日新丸乗船記
ノルウェーにおけるミンククジラ漁ーー比較捕鯨学のすすめ
⑥ 近代捕鯨の120年ーー日本の近代化と水産業
⑦ クジラとオランウータンーー油脂でたどる不可視な関係
⑧『グリーン・ライーーエコの嘘』(2018年、オーストリア、97分)
鯨食文化はナショナルなのか? 捕鯨文化と鯨食文化
武田慎太郎砲手(共同船舶株式会社)の講演
⑪ グループ発表I
⑫ グループ発表II
⑬ ふりかえり

こうして今年を回顧する時候となり、ようやく乗船体験をふくむ、つぎの著作の構想がかたまりました。わたしがマゴマゴしているあいだにも、日新丸船団は、2Wと3Wを終え、11月中旬に今年の操業のすべてを終了しました。操業を終えたみなさんと下関で再会した際、「執筆、進んでいますか?」と訊かれ、うっかり「来年、みなさんが操業を終えるころにはお見せできるはずです」と答えてしまいました。

研究も教育も、それぞれ充実した1年でしたが、2021年は公表できた成果が少ない1年でもありました。現在、4本が印刷中だとはいえ、反省すべき1年でもあります。その反省もこめ、また乗組員さんとの約束を反故にしないためにも、2022年は全力で成果還元にに取りくむ所存です。

論文
1) “A preliminary analysis of coastal minke whaling in Norway: Where did it come from, and where will it go?Senri Ethnographical Studies 104: 53-71.
2) “Tastes for blubber: Diversity and locality of whale meat foodways in Japan,” Asian Education and Development Studies 10(1): 105-114.

エッセイ
3) 「不老不死とリビドーと——ナマコの磁力」,池谷和信編,『食の文明論——ホモ・サピエンス史から探る』,フォーラム人間の食1,農文教,379-384頁.

事典項目
4)「石毛直道」,野林厚志編集代表,『世界の食文化百科事典』,丸善出版,32-33頁.

書評
5) 「敷田麻実・湯本貴和・森重昌之編著『はじめて学ぶ生物文化多様性』」,『Wildlife Forum』25(2): 39.
6) 「小川真和子著『海をめぐる対話 ハワイと日本』(塙書房、2019年)」,『史苑』81(2): 167-171.

研究発表
7) 「鯨が語るアジアの近代——フロンティア・マーガリン・マルチサイテッド」,従来型フィールドワークがつくる社会生活研究会,東京大学東洋文化研究所,2021年3月26日,オンライン.
8) “Private collections make public heritage: Displaying whaling as an industry in Japan,” The Rise of Private Museums and Heritage in East and Southeast Asia, 8-9 Sept 2021, Bristol University, Sept. 8, 2021, Online.
9) 「ガリバーに挑む——母船式捕鯨業のいま」,第4回Food & Foodways勉協会,一橋大学,2021年10月1日,オンライン.
10) 「三陸沖にニタリクジラを追う——捕鯨工船日新丸乗船調査」,文明社会における食の布置研究会(エコヘルス民博ユニット),2021年10月16日,国立民族学博物館,オンライン.
11) 「拠るべきは、過去か、未来か——母船式捕鯨業のいま」,一橋大学大学院社会学研究科先端課題研究21・科学と社会の未来,一橋大学,2021年10月27日,オンライン.
12) 『マツタケ』に学ぶ——陸と海をつなぐ地球大のモノ研究をめざして」,失われたマツタケ山を探して——「人新世」時代のヒトと自然を考える,龍谷大学里山学研究センター,2021年12月4日,オンライン.

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